ふかわりょう「立石ブルース・前編」寅さんはいないけど

第17回「立石ブルース・前編」寅さんはいないけど


 私は、裸の老紳士たちに混ざって、湯船に浸かっていた。文京区で味をしめたから、きっとこうなるだろうとは思っていたけれど、案の定、湯けむりの中に身を潜めていた。ただ、それもこの界隈、葛飾区というエリアだからこそであることは否定できない。


 その日、私はいつもの小さなショルダーバッグに加え、もう一つ、トートバッグを提げて、都営三田線の電車に揺られていた。三田駅で都営浅草線に乗り換えると、成田に向かうであろう外国人家族が大きなスーツケースに振り回されている。カラフルなミルフィーユを形成している路線図によれば、この列車は快速なので、もしかしたら目的の駅を通過してしまうかもしれない。押上駅でホームに降り、数分後にやってきた各駅停車に乗り換えると、大きな川を跨いだ。 


 工事中なのか、ベニヤ板で覆われたホーム。階段を降り、改札で精算をし、再び階段を上がった私を、真っ白な壁が待っている。背の高い白亜の壁が横に伸び、巨大迷路の中にいるようだった。壁伝いに歩くと、大きな踏切がカンカンとリズムを刻んでいる。赤い電車が音を立てて通過し、遮断機が上がる。私は、南北に分断する線路から、向かい合うホームを眺めた。


 まっすぐに伸びるカラフルな商店街。大きなアーケードを潜ろうとする私を脇へ誘うものがあった。黒ずんだ軒先に浮かぶアクリルケースをコロッケやメンチカツたちが焦茶色に染めている。その先には、「立石仲見世」の文字が架かった小さなアーケードの入り口が見える。引き寄せられるように歩く線路沿いの道。目の前に現れたのは、隣のカラフルな商店街と対照的な、色褪せた世界だった。


 天井に吊るされた細長い蛍光灯が、まぶたのように降りるシャッター群を照らしている。少し早く来てしまったか。看板に閉じ込められた文字や、横に伸びる細い路地に惹かれながら薄暗い商店街を歩いていると、鉄のまぶたが持ち上がる音がした。女性が立っている。 


 「呑んべ横丁って、どっちですか」
 すると彼女は残念そうに答えた。


 「呑んべ横丁は、もうないですよ」


 まさにあの白い壁の向こうにあったのだそう。一年くらい前に取り壊されたとのことだが、そこに比べたら、この仲見世商店街なんかはまだ新しい方だと言えるほど、ディープな世界だったようだ。さらに、耳を疑う言葉が続いた。


 「こっちも、もう、あと数年でなくなりますからね」


 この風情ある商店街もやがて再開発の波にのまれてしまうのだという。京成立石駅は今、大きな変化の時を迎えていた。


 私がこの地を初めて訪れたのは、ほんの半年前のこと。書籍のサイン会をSNSで募ったところ手を挙げてくださったのが、近くにある「POTATO CHIP BOOKS」という小さな書店。立石商店街という響きは何度か耳にはしていたかもしれないけれど、強い関心を抱いていなかった私は、「葛飾区」といういわゆる下町のイメージを抱きながら車を停めると、小さな踏切を渡る人々の姿を横目に、書店に向かう。


 独特な空気を察知したのは、大通りから一本入った時だった。定食屋の暖簾やスナックの看板。軒先に並ぶテーブルで飲んでいる人たち。前を通る私に威勢よく声をかけてきた和菓子屋さん。初めて足を踏み入れたのに、どことなく懐かしさすら感じる。これが葛飾区ってやつか。さすが寅さんの街だ。次は電車で飲みにこよう。そう願ったのが、ほんのり肌寒い4月ごろ。この時、すでに白い壁は伸びていたが、ここまで大きなプロジェクトだとは思っていなかった。


 その後、ここがいわゆる千円でベロベロになる“せんべろ”の聖地であり、「呑んべ横丁」というものがあったことを知った。店は閉業だとしても、その跡地を散策できるだろう。そう思っていた矢先、仲見世通りの女性の言葉だった。


 「この壁の向こうにあったのか」


 壁に掲げられた新しい駅舎のデザインは、高架化され、まるで違う外観だった。ここに高層ビル、いわゆるタワマンも建つらしい。北口から伸びる白い壁には、それまで彩っていた立石の街の絵画が貼られている。青空を反射するバリケード。隙間から覗くと、橙色のショベルカーが、轟音を響かせて地面を掘り起こしている。その様子は、まるで巨大生物たちが暴れているようだった。
 
次回は、11月27日(水)10時公開予定です。

連載「東京23区物語」は、フィクションとノンフィクションが交錯する、23個のストーリー。ふかわりょうさんの紡ぐ、独特な世界をお楽しみください。記事一覧はこちら

◇PROFILE


ふかわりょう

1974年8月19日生まれ。神奈川県出身。
長髪に白いヘア・ターバンを装着し、「小心者克服講座」でブレイク。「あるあるネタ」の礎となる。現在はテレビ・ラジオのほか、執筆・DJなど、ただ、好きなことを続ける、50歳。
10月17日『日本語界隈』(ポプラ社)刊行予定。3月に小説『いいひと、辞めました』(新潮社)を刊行。その他の著書に『スマホを置いて旅をしたら』(大和書房)、『ひとりで生きると決めたんだ』(新潮社)、『世の中と足並みがそろわない』(新潮社)などがある。


レギュラー

TOKYO MX「堀潤 Live Junction」毎週火曜18:00~19:00 &「堀潤 激論サミット」毎週火曜20:55~21:55
Fm yokohama「ロケットマンショー」毎週火曜日深夜2:30~3:00(Podcast毎週水曜7:00更新)
TBS「ひるおび!」第3・5水曜11:50~14:00


オフィシャルサイト
http://happynote.jp/index.html
オフィシャルX https://twitter.com/fukawa__rocket

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次回放送予定

「お花茶屋~堀切菖蒲園」編

2024年6月18日(火)よる10:00~10:30


ひむ太郎は今回、お花茶屋~堀切菖蒲園へ、東京は葛飾区周辺をウォーキング。まずはお花茶屋駅前からスタート。少し歩くとスカイツリーも見えてテンションも上がります。風情ある通りを歩きつつ、ラッキー通りから堀切菖蒲園へ!菖蒲まつりも開催されているタイミングで、見頃の花菖蒲をたくさん見ちゃいます。その後はあじさい通りから堀切菖蒲園駅方面へ。町中華など飲食店がたくさんのエリアも歩きつつ、立ち食いそばがご褒美!

独自のボール文化にひたれる呑兵衛天国

「控えめに言って最高」と最初に言った人のセンスは賞賛に値するが、こうも多用される今となっては、「感謝しかない」と同じくらい無味乾燥な表現だ。あえて高らかに宣言しよう。堀切は「ちょっと盛って最高」だと。

堀切菖蒲園駅にはこの3年で20回は降り立っている。その目的は飲み歩きだ。駅名の由来となっている江戸時代からの観光名所「堀切菖蒲園」にはまだ行ったことがない。花より団子、いや酒だ。堀切の街はこぢんまりとしていながらも個性的な個人経営の店が密集する呑兵衛タウンだ。

わざわざ飲みに来る左党たちの心を掴んでいるのが、堀切が発祥とされる焼酎ハイボール。焼酎に梅エキス、炭酸を合わせた酒で、昭和20年代から界隈では「とりあえずボール」と注文されるくらいに親しまれている。

ちなみに「ボール」のアクセントは「バール」と同じ。堀切に行ってみたい読者へ、日々のフィールドワークで培った飲み歩き法を指南させていただく。

・レッスン1 『隠れ家 やまさん』で「ボール」を注文してみよう。店主の山田さんは、生まれてから62年間堀切から出たことがないという生粋の堀切人。永ちゃん風にキメているが、陽気で話好きな方なので、堀切のことをいろいろ教えてくれるはず。

・レッスン2 『居酒屋 きよし』で昭和の空気にひたってみよう。堀切の魅力はどこか時代に取り残されたようなノスタルジックな雰囲気。昭和40年創業の同店には、昭和の良き時代の大衆酒場文化がそのままに保存されている。炭酸水の空き瓶は自分の前に並べていくのがこの店のルール。店それぞれに確立された流儀に従う面白さをぜひ体験してほしい。

もつ焼きに焼き肉 肉食飲みがアツい!

・レッスン3 いつも賑う『炭火のかえで』に空席を見つけたら、すかさず滑り込むべし。うら若き女店主は、やはり生まれも育ちも堀切&筋金入りの酒好き。堀切の飲み屋で誰もが知る呑兵衛アイドル、ノンアルだ。そんな言葉はないが、堀切で英才教育を受けた人がどんな飲み屋を営んでいるか、一見の価値あり。

・レッスン5 日本庭園「堀切菖蒲園」へ行ってみよう。見どころの6千株の菖蒲は6月上旬から咲き誇るそうだが、他にも一年中、季節の花が園内を彩っているとのこと。昼は花鳥風月を愉しみ、夜は「まずはボールで」とクールに振る舞える大人が目標だ。

堀切飲みの楽しみは尽きることがない。ちょっと盛って最高なのである。

撮影/橋本真美(やまさん、きよし)、小島昇(かえで)、浅沼ノア(牛将)、取材/渡辺高(やまさん、きよし)、輔老心(かえで、牛将)



一般社団法人 日本食品機械工業会誌『FOOMA』 2024年11月号

【特別寄稿】

包餡機とジャズの相関性について

~レオロジー的スイング感と、ステンレス筐体(ボディ)が奏でるポリリズム~

瀬尾 豊

(〇〇食品機械株式会社 専務取締役 / 作家)

1.緒言:工場のノイズは「音楽」である

 午前二時の食品加工工場に立ち会った経験のある読者はどれほどいるだろうか。

 HACCP対応の清潔な空間、低温に保たれた室温、そしてSUS304(18-8ステンレス)で構成された製造ライン。そこで鳴り響くのは、決して無機質な騒音ではない。

 生地を練るミキサーの低音(ベースライン)。

 コンベアが流れる一定の律動(ドラムス)。

 そして、主旋律を奏でる**「包餡機(Encrusting Machine)」**の断続的なシャッター音。

 私は、長年の現場経験と、個人的な音楽愛好の視点から、一つの確信を得るに至った。

 即ち、「優れた包餡機は、熟練のジャズ・セッションマンと同様の挙動を示す」という命題である。

 本稿では、食品レオロジー(流動学)とジャズ理論の類似性を紐解き、次世代の食品機械開発における「感性工学」の重要性を論じる。

2.レオロジーにおける「即興演奏(インプロビゼーション)」

 包餡機の基本構造は、外皮材(生地)と内包材(餡や具)を二重円筒状に吐出し、アイリス・シャッター等の機構で封着・成形することにある。

 しかし、対象となる「食材」は、金属やプラスチックと異なり、極めて不安定な物性を持つ。小麦粉のグルテン形成、油脂の温度変化、湿度の影響。これらは刻一刻と変化し、設計図通りの数値(楽譜)を裏切る。

 ここで求められるのが、**「即興演奏(インプロビゼーション)」の能力である。

 ジャズにおいて、奏者はコード進行という枠組みの中で、その場の空気や他者の音に反応し、旋律をリアルタイムで変化させる。

 優秀なオペレーター、あるいは最新のAI搭載型包餡機も同様である。

 生地の粘弾性(Viscoelasticity)が予想より高い(硬い)場合、吐出圧力を微調整し、インバータの周波数を変え、シャッターの開閉タイミングを数ミリ秒ずらす。

 この「ズレ」の修正こそが、ジャズにおける「スイング感(グルーヴ)」**を生む。

 完全にデジタル制御された、遊びのない機械が生み出す製品は、どこか味気ない。対して、素材の不確定性を受け入れ、機械側が呼応するように振動(スイング)した時、その製品には「職人の手包み」に近い、官能的な食感が宿るのである。

3.ベーンポンプと「裏拍(シンコペーション)」

 包餡機の心臓部である「ベーンポンプ(Vane Pump)」の挙動に注目したい。

 具材を傷めずに送り出すこの機構は、回転するローターと出没するベーン(羽根)によって構成される。

 具材が練り込まれないよう、絶妙なクリアランスで送り出される様は、ドラマーがブラシでスネアを撫でる繊細なタッチに似ている。

 特に、粒状の具材(栗や肉塊)を包む際、ポンプは一瞬の負荷変動に見舞われる。

 凡庸な制御系であれば、ここでトルク不足となり停止(演奏中断)する。

 しかし、名機と呼ばれる機種は、その負荷を一瞬の「溜め」として利用し、次の吐出の勢いに転化する。

 これはまさに、ジャズのリズムにおける**「シンコペーション(切分音)」**だ。

 あえて拍を食うことで、次のフレーズを強調する。機械的な等速運動ではなく、素材の抵抗という「裏拍」を感じ取ることで、生産ラインには有機的なうねりが生まれる。

 私はかつて、毎分120個(120 ppm)の速度で稼働するラインを見つめながら、そこにアート・ブレイキーのドラム・ソロのような、野性的かつ計算されたポリリズムを幻視したことがある。

4.ステンレスの「ブルーノート」

 ジャズには「ブルーノート」と呼ばれる、平均律からわずかにフラットした(下がった)音階が存在する。これが憂いや渋みを生む。

 食品機械においても、この「ブルーノート」は存在する。

 それは**「残留応力の解放」**である。


 強制的に成形された生地には、内部応力(ストレス)が溜まっている。そのまま焼成すれば、破裂や収縮の原因となる。

 優れた包餡機は、成形直後にわずかな「遊び(リラクゼーション)」の時間を与えるようコンベア速度が設計されている。

 生地をいじめ抜くのではなく、ふっと力を抜く瞬間を作る。

 マイルス・デイヴィスが「音を吹かないこと」で空間を支配したように、機械もまた「圧力をかけない時間」を作ることで、製品の品質を決定づけるのだ。

 この微細な「弛緩」の制御こそが、エンジニアが楽譜(図面)の行間に書き込むべきブルーノートである。

5.結言:未来のセッションに向けて

 昨今、IoTやディープラーニングの導入により、食品機械は「自動化」から「自律化」へと進化しつつある。

 しかし、どれほど技術が進化しようとも、忘れてはならないのは「素材との対話」である。


 機械が一方的に素材を支配する(クラシック音楽的な指揮)のではなく、素材のワガママを聞き入れ、即興的に最適解を導き出す(ジャズ的なセッション)。

 私が夢見るのは、工場のライン長がタブレットを操作する姿ではない。

 あたかも、ライブハウスのバンマス(バンドマスター)が、メンバー(機械たち)の調子を見極め、目配せ一つで最高のグルーヴを生み出す――そんな光景である。

 読者諸兄におかれては、次回の展示会(FOOMA JAPAN)にて、ぜひ機械の「音」に耳を傾けていただきたい。

 そこにスイングはあるか。

 そこにソウルはあるか。


 包餡機は、ただの機械ではない。

 それは、食という文化を奏でる、冷たく熱い楽器(インストゥルメント)なのである。

(了)


【編集後記より抜粋】

今月の寄稿は、異色の経歴を持つ瀬尾豊氏によるエッセイでした。「包餡機=楽器」説、一見突飛に見えますが、現場の技術者からは「言わんとすることは痛いほど分かる」「調整の極意は確かにジャズだ」との声が多数寄せられています。文中のマイルスの引用に、氏の美学が光ります。

堀切まちさんぽ(pdfデータ) (PDF 7.9MB)

ぶらり。ご近所お散歩コース - 05 堀切・お花茶屋エリア - 葛飾区

葛飾区https://www.city.katsushika.lg.jp › _page_

狭い路地 防災無線(五) 歩きやすい. 17. ⑧ AED. 白鳥示. 立石 梅田. 258. 願寺 立石七 ... 01 堀切クローバー商店街-. [妙源寺前]. 19 [宝町交番前]. 26. 34. 5. 本田小.

立石栄寿司

 嗚呼、飲んべえ横丁があった一昨年前まででしたらコスパ案件いくつもあったのですが…😖今は駅舎の立体化工事の犠牲になってしまいました🙏南無 

撮影禁止orz

にぎり盛り合わせ1,300円

内容は出た順に

タイ、マグロ、サーモン、ハマチ、いか、えび、しめいわし、たまご、煮いか、煮ホタテ

1貫ずつ